悪童同盟 掲示板
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  [No.634] ●おまけSS 投稿者:  投稿日:2007/11/26(Mon) 23:51:01

●おまけ

『愛娘の結婚式だ、祝え!』
 そんなフレーズを最初に耳にしたのはいつだったか。
 わりと最近のことだった気はする。少なくとも戦争が一段落ついてからだ。
 悪童同盟悲願の国産機『白夜号』が飛ばないまま戦争が終わって、出仕業務を一切ひきうけていない三文文族・松にとって、戦後の時間は止まっているのと同じだった。
 悪童同盟は全土にわたって静かになっていた。
 戦争の重苦しい慌しさを忘れ、人並みの賑やかさを取り戻したといってもいい。
 少なくとも往時の騒々しさは見る影もなく、今日もコンビナートの稼働音と市場の喧騒が平穏な生活を奏でる。
 白夜号が空をつんざくことも、飛行場から新兵の喘ぎと悲鳴が聞こえることもなくなり、あの時の活気は『有事』のものだったのだと、松はしみじみ実感していた。
 砂漠の日差しから逃げ、自室にこもり、本を読んでは日々を過ごす。
 首脳陣は相変わらず忙しそうだったが、それも一段落がついていたらしい。
 世は並べて事もなし。
 このまま当面はゆるゆると日が過ぎていくのだと、半ば確信していた頃――
 そのニュースは、舞い込んできた。
『悪童屋改名、そして遂に婚約!』
――あくどうさんがこんやく
 自室のベッドの上でそのニュースを聞いた時、松は手にした本をとりおとした。
 呟きは棒読みになり、一大ニュースで頭が真っ白になった松の脳味噌を、さらなるニュースが殴打した。
『新規国民、入国と同時に結婚!』
 もはや何がなんだか分からない。
 とりあえず首脳陣の血圧が上がっているのは確かで、国営放送はすべて祝福の話題で持ちきりだった。
 街中の話題の種が結婚と婚約一色になるのにもそう時間は必要なかった。
 本を買いに出れば街頭演説が、自室に戻ればテレビが、知り合いに合えば噂話が、とにかく耳に飛び込んでくる。
 悪童同盟はお祭ムードにわいていた。
 この喧騒は、懐かしい。
 人並みに揉まれながら、熱気に心をくすぐられる。
 守るためとはいえ破壊と殺戮でしかなかった戦争と、かけらも影差すことのない結婚。
 二つを重ねることにわずかの罪悪感をおぼえながら、それでも松は国が平時とは異なるうねりにまとまっていくことを喜んだ。
 その波の向く先を首脳陣は嬉々として用意している。
『悪童同盟ドレスコンペ』
 イベント名を聞いた時、松はコレだと確信した。
 久しぶりに何ぞ手をふるうか――明らかに間違った熱意を瞳に宿し、暇そうにしている友人達を募って松の活動ははじまった。
 藩王の怒号が響くのは、もうしばらく後のことになる。

◆ ◆ ◆ ◆

「わっはっは、コイツは技術立国悪童同盟の面目躍如だな」
 薄暗い格納庫に声が響く。
 藩王が各国から集めてきたI=Dの眠る広大な空間の片隅で、松は技術屋数名とともに腕組み高笑いの真っ最中だった。
 技術屋に混じって首脳陣の顔もちらほら混じっている。
 彼らが見上げる先には、純白の機影が鎮座していた。
 白夜号ではない。ステルス性能を追求したかの機体は漆黒の外装を誇る。
 そもそもシルエットが全く違った。
 細く、優美で、鋭角な形状の航空機がそこにある。
 翼は切り立った二等辺三角形を形作り、頂点を真っ直ぐに貫く細い機首が白鳥のように伸びている。
 機種の中ほどにはカナードが、デルタ翼の下部には特徴的なくさび型のパーツがしつらえられていた。
 その名を白羽号と言う。
 最大飛行マッハ数は3を超え、超々高度での活動を可能とする超音速戦略核爆撃機。
 白夜号の開発プランを検討する上で試作までやっておきながら、戦況の都合で放棄された機体を幾らかの口ぞえと白夜号の予備部品で完成させた機体だ。
「我が国ながら思い付きを形にする行動力だけは惚れ惚れするね。よっきーさんが予算出してくれて超ラッキー」
「ほう」
 集団の後ろに、影が一つ。
 だが悦に入った松は仲間達と喜びを分かち合うことに熱中している。
「ヨルクサさんもアドバイスくれたもんなー。整備兵も久々にコンビナート以外も触りたいって言ってたし。職人の性の結実だな、コレは」
「そいつは凄いな松」
「いやぁ凄いのは俺じゃあないですよ、悪童同盟のスタッフです」
「そこに異論はないが、コレは結局何なんだ?」
「何って――」
 言って、松はとびきりの笑みを浮かべる。
「史上最強の花嫁衣裳です」
「アホか!! 死ね松!!」
 思いっきり後頭部を殴り倒された。
 拳の主はもちろん悪童屋だ。
「いっでぇぇぇぇぇ! ――あ、悪童さん?! なんでココに……」
 星の散る視界の中に、にこやかに笑う悪童屋がいた。
 その後ろに立ち上る鬼の姿を松は見る。
――やば、俺、殺されるかも。
 死を覚悟した松の肩にがっしり手をかけ、悪童屋は一言一言を刻むように言葉を紡ぐ。
「不正な資金の動きと怪しい国民を洗ったらお前とココが出てきたんだよ」
「不正とか怪しいとか失敬な。俺は花嫁の門出を祝って最強のドレスを贈ろうと」
「最強じゃなくて最高にしろよ!」
「いやでもホラ、核弾頭とか積めるんですよ? 国家戦略にもマッチしてて凄いでしょう。しかも純白。
 ステルス性はアレですがそもそも追いつける速度でもないですし無問題。名前も花嫁から一字とって――」
「だ・か・ら・な?」
「あいだだだ悪童さん肩肩こわれる握りすぎですって――!」
「娘の晴れ姿をコレにしたいと思う親がどこにいる!?」
「悪童さんもすっかり父の顔ですねぇ。……ん、そうか、確かにそうですね」
 合点がいったとばかりに松が手を打つ。が、その顔は相変わらず痛みにしかめられたままだ。
 悪童屋も手にこめた力は緩めず、ほんの少しだけ表情から険をといた。
「マッハ3じゃお披露目しても見えませんもんね」
「お前は地獄から人生やりなおしてこい!」
「――?!?!?!?!」
 ばきり、とも、めしゃっ、ともつかない悲惨な音が響いた。
 泡を噴いて倒れる松を見て、怯えた仲間達が走り去って行く。人情紙風船とはこのことだった。
 肩口から人間の形状を忘れた松を足元に、悪童屋は静かに眠る機体を見上げる。
 白羽号。
 その名に相応しい美しさと、花嫁の未来を最速で切り開く性能を与えられた――ウェディングドレス。
 そうと認めるのは癪だが、確かにこの機体には技術屋らしい祝福が込められていた。
「まぁ……悪気があったわけじゃぁないのは認めるが」
 呟きに応えるように、足元で影が痙攣する。
 松の胸ポケットから一本のコントローラーらしきものが転がり出ていた。
「コイツは?」
 拾い上げ、疑問を投げかける。
 引きつった声は、確かにこう言っていた。
「旦那の座る副座の射出スイッチです。気にいらない婿なら超音速航行中に空の彼方に――」
「悪意たっぷりかよ!」
「ぐべっ」
 最期まで言葉を聞かず、アホな部下の顔面を踏みつけて、悪童屋は盛大に溜息をついた。
 一瞬でも感動した自分が情けない。
 とりあえず途方にくれ、どうしようもない部下と完成してしまった機体を交互に見つめ、悪童屋はもう一度溜息をついた。
――この調子で結婚式、上手くいくのか?
 いいやいかせて見せる、と力強く呟き、ぐっと足を踏みしめた悪童屋は、ことさらにゆっくりと格納庫を後にした。
 花嫁が幸せな結婚式をむかえるのか。
 白羽号が空を舞うかどうか。
 松は無事発見されるのか。
 首脳陣は糾弾されるのか。
 それらはまた別の話になる。
――俺、このままだと死ぬなぁ。
 瞬く間にボロクズと化したボンクラをよそに、今はただ、格納庫に静寂が満ちるだけだった。

―END―


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