奥羽りんく結婚披露イベント特設ページ

                   -結婚前夜・前編-

『幸せなら幸せですって言っちゃえばいいのに、悪童さんは頑固ですねぇ。りんくさんを見習えばいいのに。』

                  ――ゆうみ、瀕死の阿呆に正論をぼやく。

                   -藩王の場合-

 藩王執務室。
 そこは藩王の性格をよくあらわした、質実剛健にして実用主義に満ちた部屋だった。
 手入れの行き届いた調度と裏腹に、乱雑に散らばる書類や封書が主の忙しさを代弁している。
 部屋の主は今、城下を一望する窓を前に立っていた。
 決して大柄ではないが、広い背中。
 悪童屋四季――稀代の戦士にして藩王たる男は活気溢れる砂の街を眺め、小さく呟いた。
「りんくの結婚式も、もうじきだな……」
 国全体が祝賀ムードに湧いている理由、それは悪童屋の結婚に限らなかった。
 悪童屋がまだ旅人だった頃、世界忍者国で関わりのあった少女――奥羽りんく
 何の因果か悪童屋を父と呼ぶ彼女が、少し前に婚約者を連れて移民してきたのだ。
 りんく達の披露宴の準備は着々と進んでいるのだが、困ったことに悪童屋は肝心の二人と一緒に過ごせていない。
 仕事が忙しい。ありきたりだが厳然たる事実は、披露宴の予算書類に判を押す以上の父親らしさを許しはしなかった。
「これじゃあ父親失格だ」
 そう言って苦笑する声が、自然と緩んでしまう。なんだかんだで娘は可愛いものだ。
 例えそれが、血の繋がりのない絆だとしても。
 こんな声を妻に聞かれたらヤキモチを妬かれそうだった。
 それはマズイと目を閉じて――ついそんな妻の顔を想像する。
 やばいぐらい可愛かった。
 赤らむ頬を慌ててもみほぐす。
 執務室は公共の場だ。誰かに見られでもしたら――
「いやぁ、結婚して丸くなりましたねぇ悪童さん」
「見敵必殺!」
「げぶぅっ!」
 振り向きざまの正拳突きが、背後の声を捉える。
 確かな手ごたえは、拳が鳩尾を打ちぬいたことを伝えていた。
「俺の後ろに立つんじゃあない」
 足元で痙攣する部下を見下ろし、悪童屋は冷徹な声で告げる。
 腹を押さえてのたうつ男――三文文族の松は、白目を剥いてうめきをあげた。
「う、後ろに立たなくてもやってたでしょう、今の……!」
「気配を消したお前が悪い。そしていいか、力と恐怖は人を縛る最大の手段なんだぞ、松」
「それなんて暴君――っと」
 言いつつ、松は平然と立ち上がる。
 この手のやり取りは単なる冗句だと、二人とも承知の上だった。
「しかしお前も頑丈だな。手加減やめようか?」
「勘弁してください。悪童さんに本気で殴られたら情報のカケラも残りませんよ」
「どうだろなぁ。まぁいい、で、何の用なんだ?」
 ふざける時間はここまでと、悪童屋が表情を引きしめる。
 妻のこと以外ではそう簡単に緩まないのが悪童屋という男だった。
 のろけ話を要求されて悶死したこともあるが、そういう部分に触れないのが優しさだ。
 松も優しさたっぷりにシリアスな空気に乗る。
「白刃号のテスト飛行があらかた終わりました。結局、実機が出たらよっきーさんも止めなかったんで、思いのほかスムーズでしたよ」
 白刃号――現在、悪童同盟の次期主力戦闘機として開発が進められている機体。
 高度のステルス性、アフターバーナーなしの超音速航行力、短距離離着陸能力、加えて装備による運用の柔軟性をあわせもった、過剰性能もいいところのマルチロールファイターだ。
 正式採用は決まっていないが、その最有力候補であることは間違いなかった。
「そうか。コレでウチもなんとか自前の戦力が持てるな」
 悪童屋はそっけなく窓に視線を戻し、娘の結婚祝いに活気を増す街を見下ろす。
 そこには彼が王として守るべきものが詰まっている。披露宴だけでなく、その先にも平和な日常を築いていかなくてはならない。
 そのための兵器開発だ――と言って、葛藤が消えてくれるなら苦労はない。
 それは松も承知で、感情を消した声で淡々と続きを述べる。
「パイロットの人数が圧倒的に足りませんけどね。実際問題、数機の戦闘機で勝てる戦争なんぞもう起こらんでしょうし」
「それこそ蒼穹号でもなければ、か。だがまぁ、切れるカードが増えることはいいことだ。特化しなけりゃ生き残れんが、一点豪華に走れるほど国力もないしな」
燃料気化爆弾でキッチリ睨まれてるウチが、これ以上の動きを見せたら風当たりが強くなるだけな気はしますけど。核開発だってその辺があって決まりきってないじゃないですか」
「そこをどうにかするのが立ち回りだよ。王の仕事だ、任せておけ」
「うーむ、そういう台詞をさらっと言えるから美人で年下の嫁さんが貰えるんですか?」
「まーつー。言いたいことはそれだけか?」
「お、奥さん褒めただけじゃないですか!」
 笑顔で拳を握る悪童屋から飛び去る。
 間合いをとったまま、松は素早く封筒を執務机に置き、同じく笑顔で応える。
「別に犯罪的とか年齢差とか男の夢とか思ってないですよ! いいなぁ幼妻!」
 日頃いじれない相手をいじるためなら命を捨てる男、それが松だった。
「俺は誇りを賭けてお前を倒さないといかんらしい……」
 悪童屋の拳が燐光を放ちはじめる。
 それは目を凝らさなければ分からないほどに淡く、凝らして見れば一目瞭然に青かった。
 このままでは殺し尽くされる――表現としていささかも言い過ぎでない事態に、さすがの馬鹿もジリジリと後ずさりをはじめる。
「あぁっと、封筒の中身はスペックデータです。一通りの性能試験はしてありますが、マニューバなんかはこれからです。悪童さんもいけそうならコイツで遊んでやってください。かなり面白い機体に仕上がってきてますよ」
「分かった。だからそこに直れ」
 握った拳がぎりっと音を立てる。
 一歩前に出れば松も一歩下がる。
 進みに応じて光は強まり、二人の距離は詰まってゆく。
 悪童屋の周囲にまばゆい光が集まる頃、松の背はドアに触れていた。
「そいじゃ自分は次の試験飛行がありますんで失礼します。可愛い奥さんによろしくお伝えください!」
 後ろ手にノブを捻り、転進――
「逃がさん!」
 振りぬく拳。
 飛ぶ軌跡。
 輝きが扉を打ち破り、逃走中の松ごと盛大に吹き飛ばす。
 煙の向こうでなんとか受身を取る姿を確認し、小さく溜息をついた。
 度は少々過ぎているが所詮は悪ふざけだ。これ以上追い掛け回すと逆にみっともない。
 騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵に扉の修繕を指示し、下がらせる。
 やっと訪れる静寂。
 誰もいなくなったのを確認し、無表情に徹しながらやりとりを反芻する。
 脳裏に「四季」と我が名前を呼ぶ妻の顔が浮かんだ。白く、透明な笑顔。
――まぁ、アイツが可愛いのは事実だ。
 見る見る顔が赤くなる。赤面は表情筋の管轄外だった。
 しかしそこはエースの面目躍如、同じ徹を踏むまいと首を振って封筒を手に取る。誤魔化せたのは自分だけだという事実には漢らしく目を瞑った。
 封筒の中身は分厚い紙の束だ。
 書面は細かな文字にびっしりと埋め尽くされていたが、悪童屋の目は猛スピードでそれを精査しはじめる。
 脳裏に描かれる機体。
 流れる空。
 描く軌跡。
 ごぶさたの空に思いを馳せ、この翼で飛べばさぞや気持ちいいだろうと目を細める。
「遊んでやってくれ、か。まぁ確かに最近、遊び足りてないよなぁ」
 余暇はなく、機会もなく。
 夫婦の時間はなんとかとれても、友や娘との時間はあまりに少ない。
「……コレはいい機会かもな」
 呟き、書類を封筒に収めなおす。
 ものの数分で新鋭機の特徴を掴んだ悪童屋は、改めて娘の結婚に思いを馳せた。

(文:松)

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Last-modified: 2008-05-28 (水) 23:16:39 (4256d)