くすくすと見送りながら、りんくは書類を整理し始めた。
りんくの待つ彼が帰ってくるまではしばらくあるだろうし、最近働きすぎている藩王にもできる限りゆっくりしてほしいから、悪童屋がいなくてもできることは今のうちに全部すませてしまうつもりだった。
「バザールも本当に盛況だったなぁ」
さきほど行って帰ってきたばかりの場所がある方向の壁にちらりと目を向ける。
わいわいがやがやと賑わう音が、ここまで聞こえてきそうだった。
「こんな日ほどなにか騒ぎが起こりやすい、って恭兵さんもおとーさまも言ってたっけ……」
ぽつりと呟いたりんくの言葉は、微妙な形で当たることになる。
というか、すでに事件はその日の昼には始まっていた。
「にゃーーー!!!!」
「そっちへ行ったぞ!」
「待て、このっ!」
「(ごめんごめんごめんってばー!!!)」
猫の姿でにゃーにゃー言ったところで、誰に通じるはずもないが、豆腐は路地裏を全速力で駆け抜けていた。
事の始まりはごく単純なこと。
バザールを見物に来ていたついでに、通りかかった店先の壷を前足でちょん、とつついたらそれが盛大に倒れてしまった。
さらに悪いことに、壷の中にはなんだか大切なものが入っていたようで店の主人の顔が一気に青ざめた。
豆腐としては特に悪気はなかったのでごめんなさいの意味をこめて主人のもとに行こうとしたのだが、そのときまたもや意図せずして隣の壷まで倒してしまった。
「なっ…!」
今度こそ店の主人は立ち上がって、豆腐の首根っこを捕まえようとした。
店の近くの路地から怖い黒ずくめの人たちまで出てきてしまったので、豆腐は思わず逃げ出してしまったのだ。
謝ろうとした結果がこんなことになってしまって、豆腐は申し訳ない気持ちでいっぱいであったが、それと同時にふと思う。
「(あんなに怒るっていうことは、そんなに大事だったのかな、あの白い粉……)」
壷を倒したときに思いっきり被ってしまった粉で真っ白になりながら、豆腐はぴょんと飛び上がると民家の屋根から王宮を目指して走り出した。
ぽすん、という奇妙な音でよっきーは顔をあげた。
摂政の執務室に、そんな音を立てるものを置いた覚えはなかった。
祭の開催初日であっても、いや、初日だからこそやらなければいけないことは山ほどあったし、他の事にかかずらっている暇などありはしなかったが、なんとなく気になって部屋をきょろきょろと見回してみた。
摂政の勘、と言ってしまえばそれまでだが、実は摂政とはどこの国においても大抵、苦労人で不幸になることが多いことで知られている。(半分誇張)
その勘に従ったせいなのかなんなのか。
窓から外を見ようとしたその瞬間。
頭の上に何かが落ちてくる気配がした。
ぽすん。
そして、静寂。
「……にゃぁ」
「豆腐くん?」
一人と一匹は、なんとも間の抜けた声をあげたのだった。
* * *
ひとまず区切ります。
よっきーさんの考えられているものと違った場合は無視してください;;