悪童屋は祭りの最中であるにもかかわらず、いつも通り書類にペンを走らせていた。
しかし直接外部に通じる窓を持たない執務室の中にも祭りの活気と熱気は伝わっている。
(日が落ちるような時間になっていてもこれだけの活気があるとはな。
今日中に書き上げねばならない書類だけ仕上げたらまた奥方を連れて見て回るか。
昼とはまた違った趣もあるだろうし……)
悪童屋はそこでペンを止め、最近ゆっくり会えてないしな、と呟いた。
一息つこうとコーヒーカップに手を伸ばし、口元にやったところでその中身が空だと気づく。
そういえばさっきも同じ事をやったな、と思い出すと自然と苦笑が漏れた。
気分転換がてらコーヒーの追加でも淹れに行くかな、と大きく伸びをする。
それとほぼ同時に、コツコツと扉を叩く音が二つ。
こんなタイミングで誰だろう、と訝りつつも入室を促す悪童屋。
失礼します、と一声かけて入ってきたのは奥羽りんくだった。
彼女の持ってきた小型のワゴンの上にティーセットを載せているのが見て取れた。
「お茶持ってきましたよー。一息入れてください」
「ちょうど気分転換したかったところなんだ。ありがとう」
「じゃあ早速準備しますね」
ティーポットにお湯が注がれると、茶葉が開き始めると共に澄んだ香りが部屋中に広がる。
「へえ……ジャスミン茶かい、珍しいね」
「ええ。さっきバザールで買ってきたところなんですよ。
いままで国内では手に入りにくかったものもいっぱいあって、見ているだけでも楽しいです」
「なるほど、でも先に恭兵に飲ませたかったんじゃないのかい?」
恭兵の名が出ると反射的に手を頬にやるりんく。
「実はもう飲んでもらってるんです。買ってすぐなんですけど。
それでこれはいい品だから藩王様にも召し上がっていただけって……」
「なるほどね」
奥羽恭平はフロンティアスピリットに惹かれて集まった若者の多い悪童同盟にあって数少ない年長者の一人だ。
だからこそこういう細かい気配りもできるし、華やかさの影にあるものにも精通している。
(今頃は人知れず裏通りあたりで行われている闇取引の取り締まりでもしているのだろうな。
それにしても祭りの日くらいはパートナーとずっと一緒でもよさそうなものだが……)
俺が言えた話じゃないな、と思い至った悪童屋の表情が少しだけ動いた。
「どうか、されました?」
ティーカップの中で輝くジャスミン茶をサーブしながらりんくが問いかける。
「ああいや、仕事に一区切りがついたらまた露店でも見て回ろうかと思ったんだが……」
その後が続かず、次の言葉を捜す時間を稼ごうと目の前に置かれたお茶に口をつける。
口の中に広がった芳香のおかげで、事務仕事の連続に凝り固まっていた気分が少しほぐれた。
「その、奥方に何かプレゼントでもと思ってね。そこでちょっと参考に聞きたいんだが、
どういうものを買ったら喜ばれるだろう……かな」
「そういうことを私に聞くんですか?」
答えは私が言わなくても分かっているんでしょうとばかりに悪戯っぽく微笑むりんく。
「じゃあヒントだけ教えてあげます」
そう言って壁にかけてある時計を指差した。
「やれやれ、色々とお見通しだったかな……」
「そりゃあ私だって女の子ですから、ね」
「分かった。この一杯だけいただいたら出かけるとするよ」
「はい、ではその間にいままでに処理された分の整理しておきますね」
悪童屋はくい、とカップに残ったジャスミン茶を飲み干すと、
見送るりんくにありがとう美味しかったよと言い残して執務室を足早に立ち去った。
愛する人に「一緒の時間」という最高のプレゼントを届けるために。