「奥方さまー、あんまりがんばりすぎたらあきませんよー?」
夕焼けに赤く染まる頃。
芽生えたばかりの双葉の成長をひざをついて祈っていた奥方に少女が声をかける。
「毎日来れるというわけではないから、すこしでも長くいたくて」
奥方に手を伸ばした少女は、その美しい微笑みを見て赤くなった。
「あっ、ごめんなさい、うち、手、汚れたままで・・・」
「ふふふ、私のても土だらけよ。お互い様」
少女の手を取って立ち上がった奥方は、少女の顔を見て、それはそれは嬉しそうな表情になった。
「貴女、今日は泣いていないのね。よかったわ」
「へっ!?」
「広場で緑化運動をした時、貴女、涙を流していたでしょう?私、覚えているわ」
「あっ・・・」
環境の変化のせいか、実際過ぎた時間よりもずっと昔に感じられた[[難民キャンプ>T11難民受け入れキャンプ]]の頃。
あの時の姿を奥方様に見られていたのかと恥ずかしくなり、少女はうつむいた。
「ごめんなさい、今こうやって笑顔の貴女と手を繋げているのが嬉しくて」
え?と奥方を見ると、少女の手がぎゅっと握られ。
「お社まで走るわよ!」
まって、とも、あ、とも、発する暇を与えられず、少女はオアシスのほとりにある小さなお社へと引っ張っていかれた。
オアシスのほとりには松の木が植えられており、その近くには大工仕事の得意な者が片手間に作った小さなお社が建てられていた。
皆信じるものは違うが、豊穣を願う思いは同じであり、いつしかそこは人々の憩いの場ともなっていた。
作業をする前、帰る前には誰に言われるともなく必ず祈りを捧げ、実りを願う。
毎日のように誰かが供物を捧げ、休憩時間にはみんなでおさがりをいただく。
それが彼らの日課となっていた。
(おいしいごはんができますように。ごはんの次にはお花をそだてられますように)
未来の花屋を夢見る少女がいつもと同じ願いを込めて祈り終えると、奥方も顔をあげたところだった。
二人はとびきりの笑顔になると、挨拶をしてそれぞれの家へと帰っていった。
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ある日の夜明け、松の木から鈴の音が聞こえたかと思うと、どこか絵本の挿絵を思わせるほのぼのとした雰囲気をかもしだした観音開きの扉が。ぽんっ、という、微笑みを誘うようなかわいらしい音とともに開いた。
「どっこら〜しょ」
そこからは巫女装束にも見える、西国では珍しい着物を着た女の子――というには等身がおかしかったが――が、年寄りのような言葉を発して飛び出てきた。
「すながくちにはいった!?」
今度は丸々とした猫――だが二本足で歩いている――が現れ、人の言葉で文句を言った。
「ふぉふぉ、風のいたずらを感じられるのじゃ。嬉しいことではないか」
今度は犬――の形をしてはいるが、ぬいぐるみのようにしか見えない――が現れ、これまた人の言葉で猫を諭した。
「さて〜ぇ、人に見られる前に終わらせてしまわんとの〜ぉ」
おもむろに女の子が懐から鈴を出してリズムを取る。
人の可聴域からは外れているがが、空気を震わすその鈴の音は温かみを帯びていた。
その踊りに加わるように、二本足の猫とぬいぐるみのような犬が踊りだす。
「ほぉ〜じょぉ〜〜〜の〜〜〜〜 ひかりの〜〜ぉ あ〜めを〜ぉ」
「「「ふらせ〜〜〜〜ぇ たてまつり〜〜〜て〜ぇ そぉ〜〜うろ〜〜〜ぉ」」」
1人と2匹と数えればよいのか・・・彼らは声を合わせて言の葉を音に乗せた。
鳴らす鈴から、黄金色の粉が舞い降りる。
雨というにはあまりにも軽く、雪のようにふわふわと舞い落ちていく。
神々がほんの少しだけ、枯れかけた土や植物に生命力を分け与えたのだった。
「今日はこんなもんかいの?」
「そうだね、あまりに強く働きかけるのもね」
「無理はよぉない、まったりとな」
今日の仕事はこれで終わりと、またお社へと戻っていく。
ぱたん、と扉が閉まると、景色が元の姿へと戻り。
そして、夜が明けた。
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一方その頃。
眠っていた猫の神様がヒゲに何かを感じ取り、目を覚ました。
早起きな犬の神様が耳をそばだてて、何かを聞き取った。
徹夜明けの整備の神様は、使い慣れた道具たちが何かに共鳴しているような気がした。
毎日ではないのだが、たびたびそんな事が続いた。
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「やったぞ!わずかだが実がなってる!!」
「本当だ!やったぁ!!!」
「俺達はやったんだ!!」
開拓事業が成功したのだという喜びに、皆が打ち震えた。
収穫に至るまでにはもう一山こえなければならないが、それでも、彼らは
(あれ?)
そこだけ何か違う色が見えるような気がして、少女が足を止めた。
近づくと、それは一輪のひまわりだった。
「お花が・・・!お花が咲いてる!!」
よくできた造花ではないかとおそるおそるひまわりに触れたが、その感触は本物としか思えなかった。
これは夢ではないかと思い切り頬をつねったが、痛かった。
夢ではないのだ。
少女は一目散にお社へと駆け出した。
(畑の近くにひまわりが咲きました。おおきに!おおきに!)
お社の前で何度も何度も感謝をして。嬉しくて嬉しくて、もう動けなくなって。
嬉し涙で顔がぐちゃぐちゃになった少女に、一枚のレェスのハンカチが差し出された。
「あらあら、今度は笑顔と涙と両方ね」
ハンカチでぬぐってもまだあふれ出る涙を止められないまま笑顔の奥方に抱きしめられて、少女はありとあらゆるものに感謝をした。
「貴女達ががんばってくれたからよ。ありがとう。本当にありがとう」
少女は何度も何度もうなづいて、奥方にすがりついた。
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無事収穫の時となり。
開拓地で藩国をあげての収穫祭が行われた。
小さなお社の前にはたくさんのお供えが置かれた。
誰も口にはださないが、不思議な体験をした者は、誰かが陰で支えてくれたのだと感じていたから
お供えに感謝の気持ちをおもいきり込めていた。
その他の者も、未来へとつながる
藩王は、大きなトラックに苗木と若木を積んでやってきた。
「どういうことですか悪童さん。まさか抜け駆けを・・・?」
「いやまて、話し合おう」
と、そこへもう1台のトラックが到着した。
「摂政様、あのトラックの横につけといたらいいですかねぇ?」
窓から顔を出した運転手が言った何気ない言葉に、悪童屋はニヤリと笑った。
「よっきーも抜け駆け?」
「僕は家がないから、植える場所がなくて困っていただけですよ」
「ははっ、まぁいいか。祭りだ祭りだ!」
トラックにひっかけてあったアナクロな拡声器で、悪童屋が号令をかけた。
「この実りに感謝して、植樹祭もやるぞー!みんな、かかれー!!」
おー!という歓声とともに、集まった国民は我先にと苗や若木を植えだした。
ひとしきり落ち着くと、今度は開拓事業のリーダーが最初に鎌を入れた。
拍手の雨が降り注ぎ、今度は皆で刈入れを始めた。
出自は違えど結束は固い。それがこの藩国の長所の一つであった。
こうして無事収穫祭は終わり、人々は温かな心持ちのままにその日の眠りを迎えることとなった。
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祭りの翌朝。
いつものように神々がお社から出てくると辺りを見回し、目を細めた。
お社の周りに緑があふれていたのだ。
「ほぉぉ、見事な杜ぢゃなぁ・・・」
「空気まで美味くなったみたいだね!」
「人間よ〜ぉ、よ〜ぉやったのぅ」
神々は水源を少しずつ移動させ、あと一歩で泉を湧かせられる、というところまでにしていた。
昔々に起こった水を求めての争い事を思い出し、最後の一手をためらっていたのだ。
しかし、人々の行いと、その結果としてふくれあがったオアシス――この土地においての杜――は神々の疑念を払拭した。
「水の奪い合いとか起こるといやだけど」
「彼らなら大丈夫じゃて」
「ふぉふぉ、行く末が楽しみですなぁ」
神々は顔を見合わせると、うん、とうなづいて満面の笑顔となった。
「さあ〜ぁて、これは〜ぁ、ごほ〜びぢゃぁ」
「ほぉ〜じょぉ〜〜〜の〜〜〜〜 ひかりの〜〜ぉ あ〜めを〜ぉ」
「「「ふらせ〜〜〜〜ぇ たてまつり〜〜〜て〜ぇ そぉ〜〜うろ〜〜〜ぉ」」」
「うつ〜くしぃ〜〜〜き〜〜〜〜 いずみよ〜〜ぉ わ〜きて〜ぇ」
「「「めぐみ〜〜〜〜ぃ たてまつり〜〜〜て〜ぇ そぉ〜〜うろ〜〜〜ぉ」」」
いつもより長い祝詞が終わると、地面からこぽこぽと水が湧き出てきた。
それが水溜りほどの大きさになるかならないかのうちに、いつものようにお社の中へと戻っていく。
扉の閉まる音が、いつもよりもうれしそうに感じられたのは気のせいではないようだ。
鈴の音がいつもより長く続いていたから、きっと。