悪童同盟 掲示板
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  [No.145] 視察SS 投稿者:  投稿日:2007/06/29(Fri) 23:56:38

●藩王視察

 そこは黄金の世界だった。
 身を焼くような焦熱と、距離感など拒む広大な地平と。
 ひたすらに続く砂の荒野は、この世の始まりから終わりまで変わった事がないようにただただ遠く広がっている。
 そんな砂漠を一台のジープが疾走していた。
 暴走といっていい。幾ら対抗車両がないとはいえ常軌を逸した速度は、容赦なく車体を跳ね上げ搭乗者を揺らす。
「ちょ、悪童さん、飛ばしす――んぐ!」
「バカ、松! 舌噛むって言っただろうが!」
「いや、この速度で慌てるなっ――っでぇ!」
 忠告を無視して二回も舌を噛んだ青年は、この世の終わりのような蒼白な顔でジープのドアにしがみついていた。
 運転席の男は容赦なくアクセルを踏み込み、時間が惜しいとばかりに速度を上げる。
 砂を蹴立てて走る車体は、遥か地平線を目指していた。
 砂の山と砂の谷と。砂の風と砂の日差しと。
 それ以外に何もない砂漠の、最果てのさらに奥を。
「幾ら施設が稼働したからってはしゃぎすぎですよ」
「うるさーい! 俺がこの日をどれだけ楽しみにしてたかしってるだろ――ぐ!」
「わはは、悪童さんも舌噛んだ!」
「松、後で殺す」
「げげぇー! 俺が死んだら誰かが悲しみますよ!」
 悪童屋――この広大な砂漠を一手に統治する男は、大人気なくも部下をどやしてジープを飛ばし続ける。
 さっきからアクセルはベタ踏みでエンジンは悲鳴を上げている。断じてこの灼熱地獄で出すような速度ではない。
 一瞬でも計器から目を離せば、ハンドリングをミスれば。ジープは安定を失って横転する。
 なのに悪童屋はあらゆる状況を無視して2秒だけ目をつぶり、そして最上級の笑みを浮かべてこう宣言した。
「よし、俺はもう悲しんだから大丈夫」
「そんな儀礼的な悲しみはいりませんって!」
「贅沢だぞ、松のくせにナマイキなー!」
「えぇぇぇー、もはや何の話だったかもわからねぇ!」
 言いあう二人の表情は言葉と裏腹に明るい。
 彼らの目指す果ての果て。
 そこには蜃気楼が立ち上り、今は見えない先に目的の地があった。
 鉄でできた威容。
 鋼を生かす血液。
 燃料生産地。
 悪童屋の念願であり、悪童同盟の悲願でもある施設が、ついに稼働したのだ。
 遠目にも巨大な施設の姿を視界にとらえるにつれ、ふざけた調子だった青年の顔にも微笑が浮かぶ。
「長かったですねぇ悪童さん。……いや、そうでもなかったのかな」
「そんな事はどっちでもいいよ松。皆が頑張っただけだ」
「ですね。いやー、藩王の視察に随行できるなんて俺も幸せもんだなぁ」
「すぐつかまって一番暇な国民はお前だからな!」
「うわ、デレのないツンがきた」
「人は俺をツンキルと呼ぶんだぜ」
「殺した後にデレるんですね」
「死体は俺の敵じゃないからなぁ」
「……悪童さんがあっという間に建国できた理由が分かる気がしますよ」
 二人が軽口を叩きあう間にも施設は近づいている。
 いつの間にかジープは舗装道路に乗り、正面ゲートを目指していた。
 広大な施設からすればちっぽけな門の前には、黒山の人だかりができている。
 近づくにつれてざわめきは大きくなり、減速するほど言葉は鮮明になり、停止した時には皆の声が一斉に響いていた。
『いらっしゃいませ藩王閣下!』
 日に焼けた肌で。
 砂に汚れた顔で。
 油に塗れた手で。
 それでも眩しい笑顔で。
 国民達は、彼らの主を歓迎した。
 彼らが――彼らの仲間達が、この施設を作り上げたのだ。
 ジープから降り、初めて燃料生産地にたった悪童屋は沈黙して一同を見渡し。
 息を呑む国民を前にして、施設の隅々までに視線を走らせ。
 青年が苦笑して車から降りた瞬間、
「皆〜! よくやってくれた!」
 破顔一笑して一同に駆け寄った。
 歓声がわく。
 まるで爆発するように広がる声は、騒ぎとなって施設にまだいる作業員達にも伝染して行く。
 施設が震えていた。
 それは駆動音と一体化した歓喜に等しい。
「あーあ。悪童さんも人が悪いなぁ。タメなんか作らなくても……ってアレは素か」
 オマケとしてついてきて見事に置き去りにされた青年は、藩王を胴上げして施設の奥に消えて行く群集をゆっくりと追っていく。
 どうせこのまま皆が満足するまで揉みくちゃになるのは分かっている。
「胴上げって続くと酔うよなぁ。ファイト、悪童さん」
 今日ぐらいは忙しさを忘れてバカ騒ぎも悪くない。
 そんな事を思いつつ、青年は提げた水筒に口をつけて天に掲げた。
「同胞の偉業に、乾杯」
 施設はまだまだ沸いている。
 今日だけは全ての労苦を忘れて楽しもうと、全力で叫んでいる。
 この砂漠のように戦争は続く。
 果てしなく、果てしなく、水のように命を吸って、延々と。
 その悲しみを止めるために一人の男が建てた国。
 それが悪童同盟。
 夢と心意気で動く国はこうして新たな一歩を踏み出した。
 その行く末を知る者は、どこにもいない――。


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